2010年3月29日月曜日

ロゴ決定!

新年度、いきなり何十年かぶりに担任って言われて(学級経営したかったんだけど)
パニックになり、本を買いあさってるのですが、
最近は本当によい実践をなさっている諸先生方が沢山いらして、
そしてその実践が本になっていて、
怒涛のごとく蔵書が増えています。
(ついてきては本を買っているちびもあり(もちろんコロコロコミックも買っていますが))

で・・これは家庭文庫のロゴシールを造らないと、
何が何か分からなくなる・・と言うわけで、
建築家のたまご・・娘が登場。
同窓会で「工学部行ってる。建築」と言うと
なるほど・・お絵かき好きやったね・・って皆に言われたらしく、
なるべくしての進路ですね・・ほんとに・・

下の方に個人情報が載っているのでカットしました。

このパソコンにはフォトショップがないので、
後で加工して入れもつけます。

と言うわけで、家庭文庫・・まずはロゴができました。

今日はインテリアデザイナー&建築士の方と初めての打ち合わせです。

2010年3月28日日曜日

子どもたちが自分らしく生きるためには

いや・・親も自分らしく生きる方法を身につけず大人になってしまったのかもしれない。

上の二人の時代でもなんだか違和感を感じるくらい、何もかも優等生で生きている、
大人に対して・・いつもいいポーズを無意識に取り続けている子がいた。

大きくなって、成人して・・どうなったのか?
いろいろだけど、なんだか不思議なくらい子どもっぽい子がいたり、
まだまだ優等生だったリ、まだまだ、親の家で守ってもらっているのだから、
無意識に親が望むような子どもを演じているのかもしれないけど。

今年4年生になるうちのちびですら、
稚拙な自分の考えを親にぶつけてきては玉砕されているのに、
20を過ぎても、まだ親の中で生き続けなきゃいけない状況をみると悲しくなる。
と言うか、親もその親世代の考えの中から脱出することがないのかな?

自分が何に興味があり、
何をしていきたいのか。
小さい時からレールを引いて、
その枠から出さないように必死でかごで囲ってしまって、
子どもが周りを見れない・・
結果、自分と向かい合うことができない状況になっているんじゃないの?

自分の周りの環境に目を向けよう。
今自分が興味を持っていることだけじゃなく、
いろいろなものを興味を持とう。
そのためにたくさんの本がある。
たくさんの大人がいる。
いろいろな人がいていいのだ。

そのために家庭文庫を開きたい。

2010年3月25日木曜日

家じゅうの本の居場所

家を建てるときに「本が沢山あるから本棚をたくさん作りつけてほしい」
と設計の際の注文に声を大ににして言った。

で・・引っ越し当日本だけで100箱ございました・・わが家。

そこから10年がたち、
子どもたちもそれぞれに本が増え、
さらにちびが生まれ
蔵書は増えていく一方。

何回か段ボール箱でお嫁に出しましたが、
その中に「なんで・・手放したの?」と
子どもたちから叱られて、
やっぱり雑誌でも捨てることができない・・私です。

で・・・このところのわが家・・どこに何があるかわからないわけで、
図書コーナーを造らねば・・

図書館のような実験室の様な家がほしい・・
と言うわけで、
http://rack.shop-pro.jp/?pid=10390819
こういう、図書館の様なワゴンと、
図書コーナーを造って、家庭文庫を開きたいのだけど・・・。

そして、すべての本を整理したい・・・
そんな野望を仕事を持ちつつできるのか・・。

頑張ろう~。

2010年3月24日水曜日

地域の力と中学の力

ご多分にもれず、うちの地域も中学受験が流行っている。
流行っていると言う言い方はあまり良くないかもしれないが、
たぶん・・「周りが中学受験をするから」
「よそのお子さんに負けたくないから」と言う部分も多いんじゃないかと感じる。

公立中学がよくないから(これは実際に見に行ったわけでもなく)
近所で子どもたちがたむろしていてガラが悪いから(これは昔からある部分かも)
私学に行ったほうが塾に行かなくても大学に行けるから
(これも行ってみないとわかりません)
いろいろ言われる方もいらっしゃるのですが、
地域で育つと言う部分を公立中学は持っていて、
学校から卒業をした後は、
社会・・地域で生きていくわけだから、
公立の地元校に行くって言うのも・・ありだと考えてみることもいいんじゃないかと思う。

実を言うと上の二人の子どもを育てていて、
中学受験を考えなくもなかった。
実際に私立中学の見学に行ったり、
どうかな?と探りを入れてみた・・のだけど、
子どもが踊らなかった。

と言うわけで、
大学生娘は公立中学→私立高校→私立大学で建築を学んでいるのだけど。
これまた、大学で中高一貫の私学から(というか付属校から上がっている子もいる)
入学してきている子たちもどっさりで、別に普通な子もいるのだけど、
「変なプライド」が高い子が結構いるらしい&地域で生きている自分と言う部分に対して
感覚が薄い・・。地元であまり遊んだ感覚が残っていない
(4年生から放課後は塾だとそうなるのも仕方がないかも)
となると、街づくりとかが仕事の人たちには・・困るわな・・ほんまに。

高校生息子1は公立中学→公立高校でまあ、自分の世界を徐々に広げつつあり、
今も春講習で街に出てみたり・・社会化しているわけだ。

子どもはその子その子にもよるのだけど、
生まれて自分の周り、家族、友達、学校・・・と社会が広がっていくわけで、
そこで社会化していくわけ。

どんどん広げるのが上手な子もいるけど、
だいたいの場合、徐々にしか広げることができない。(とくに男の子)

でもって、トレンドで中学受験・・と思っている子どもさんの親御さんは、
小さい時からかごの鳥にして育てている傾向が強いかもしれない・・
で小学校高学年でまたかごに入れ、受験コースを歩ませてしまうと・・
社会化する時の発達手順が・・よれよれになってしまう。

そんなことを考えた時に
地域での自分のポジションを確立できている子どもの方が
大人になった時もいろいろなところで、自分の位置を確立しやすいのじゃないかと思うのだ。

まあ、転勤族で新興住宅街で育ったいる人たちは(とくに高度成長期時代)
もともと地元感覚が薄いので、
地域が大事とあまり感じないから中学受験って考えやすいのかもしれないけどね。

私自身も独身時代はあまり地域が重要だと感じたことがなかったけどね。

で・・そんな私が子育てと並行して、
実際地元で小学生中学生相手に私塾を開いてみたり、
高校で教えてみたりする中で、
地元中学の重要な部分をむちゃくちゃ感じるわけ。
でもって地域の力も感じるわけ。

地域が大事。
そこで自分の脚を使い、体で遊んだことのある子は、
必ず、自分の道を見つける。
それは親が望む道とは違うかもしれないけど、
自分の頭で考えるわけだ。

だから私は仕事と並行して、
家庭文庫がサイエンスなカフェが必要だと思うのだ。

地域で生きている自分を体感している子は
何があっても、少々やんちゃでも、
大人になるとちゃんと自分の脚で生きているのだ。

娘が小学校の同窓会でいろいろやんちゃだった子が
卒業後ご両親のご都合で、隣町に引っ越しをしたけれど、
その街で地に足をついた生活を送り、
ちゃんと友達を作り、その地域の高校に行き、
自分の道を見つけて、しっかり生きているのを見て、素晴らしいと感じたらしい。

その反対側に中学受験をして地域から見えなくなってしまった子が
親と親戚からいろいろと進路のことを指示されて、
結局、進路が見えなくなってしまい、娘の大学の後輩になるらしいことを聞き、
親に「これだけ金をかけているのだから40代で○○万円の年収をとれなければ、
お前は人間の屑だ」と言われているらしい・・と聞いてきた。

そんなことを思いながら、
3歳から14歳までの時を過ごした街の中学で同窓会があるらしいとmixiで知り、
その街で過ごしたことが今の私を形作り、
とくに小学校高学年から中学の行動半径が広がったこの街が自分の社会化の原体験を造ってくれていると感じる。
その中で、私学受験をしていった友人は医者になり地域の人に戻って生きているし、
中学受験を否定するわけじゃない・・けど
地域を大事にしないとだめと思うのだ。

地域での自分の立ち位置を構築できれば、
公立とか私学とか・・全然関係ない。

ただ・・公立学校が地域の学校だと言うことを忘れてはいけないのだ。

地域の力は大事なのだ。

だから私は地域の学校で教えたい。

2010年3月23日火曜日

サイエンスなカフェ

昨日あるサイエンスカフェに参加した。
自分が将来したいものとイメージがちがう。
講演会じゃなく、
お茶をしながら、話を聞いて論議するもの・・


そうじゃない気がする。

私はサイエンスなカフェがしたいわけで
きっと目指しているのは、
お茶ができる空間で理科が語られたり、
音楽を聴きながら、自然科学を感じたり、
する場所提供したいんだろうな。

たぶんそれは哲学なカフェでもあり、
スポーツなカフェでもあり、
音楽なカフェでもあるのかと思う。

そして、子どもも大人もいろいろな人が集って、
文化を造っていけるたまり場の構築なのかもしれないな。

2010年3月22日月曜日

仕事のこと

いろいろなことを思いながら、
いろいろな仕事してきて、
もう二度としない・と思っていた、
教員免許を使って仕事を初めて数年がたった。

初めは・・こんなおばさんつかえへんで。と思っていた。
意外やいがい・・楽しい。
子どもの表情がよくわかるのだ。

なんで?

あーかあちゃんだもんね。
PTAの役員も13年やってきている(なんだかんだと)
私塾でも地域の子どもとかかわってきたし。
保育士としても子どもとかかわっていたりもしたしね。

この2年。非常勤だけど、いろいろなところに顔を出し、
だんだん非常勤の限界を感じてきた。(しかも自宅から遠い)
だから今年はスパッとやめて、
地域にかかわりながら仕事をしようと、
まあ、話がなければいいや位に、
思っていた。

今年は非常勤でも小学校の低学年サポーターでもいいや。
とにかく、地域の学校にかかわりたいと思っていた。
だから、すぐに常勤なんて・・・と思っていたら、
「欠員常勤」の話が来て驚いた。

しかも昔住んでいた町の学校。

うーん。

科学の読み物をふんだんに入れて、
仕事をしていこう。
教科書に書いてあるものをより砕いて、
子どもにはなしていこう。

私自身が勉強し、それを子どもにどんどん返していこう。
きっと多くの子どもたちからたくさんのエネルギーをもらうだろう。
それをまた、家庭文庫に戻していこう。
それが小さなうねりとなり・・いつか大きなものに繋がっていくはずだから。

それがおばちゃんにできることなのかなと思っている。

2010年3月21日日曜日

繋がっていく人生「池内先生とキョロロ」

昨日のシンポジウムで池内先生がかかわっていた仕事の中で出てきた
森の学校「キョロロ」

実は娘の学校の先生が設計。(娘は建築学科の学生)
このキョロロってなに?って思っていたんです。

何と科学館だったのですね。
森の学校キョロロ
しかもこの町って・・旦那の仕事関係の後輩のご実家の町で、
15年くらい前にお邪魔したことのある町。

何としても行かねば。
目に見えない場所で繋がっていく。

私は居場所づくりもしたい。
そしてその場所のランドスケープも考えたい。
そして科学のおもしろさ・・と言うか生きることの素敵さを次の世代に伝えたいのです。

御巣鷹山に散ってしまった友人や
出産によってなくなってしまったいとこたちとの
悲しい別れを知ってしまい、
残ってしまった私の仕事は
居場所作りと伝えることなんだと思っています。

そう思って周りをみるとどんどんいろいろなことが繋がり始めています。
自分の子どもにも感謝です。

なぜサイエンスカフェなのか

実は子ども時代・・とくに思春期時代の私は
行き場のない自分のエネルギーをどこに持って行っていいのかわからなかった。

自分の家にいても学校にいてもなぜかしっくりこずに、
居場所を求めていたのかもしれない。

そんな高校一年の初めの進路相談で
将来は、何になりたいのかと担任に問われ
とっさに答えたのが「音楽喫茶と言うかロック喫茶と言うか、
人が集える場所を造りたい」なんてわけのわからないことを答えた。
担任が求めていたものは高校卒業後すぐの方向性だったのだから、
その担任は「だったら経営学部とか?」と・・
(私が担任だったらそんなん言いません・・
今から思うけど・・その先生あほちゃうか?って。)
だけど、そんなことを言った私の深層はたぶん・・居場所がない自分の
居場所をどこかに造ることをいつかしていきたいと思っていたのだろうが。

進学と言う観点で言えば、
当時もすでに琵琶湖の環境についていろいろと考えがあったので、
すぐに化学・・環境と言うこと答えが出てくるはずが、
「女は短大で十分や。理系なんて・・そんなん行ったら嫁に行けん」
(父は企業で化学系の研究畑で生きていた人)
というわけで、短大って・・じゃあやっぱり音楽系かな?
と中学でやめていたピアノを再開すべくレッスンに通うかどうか?
いや・・エレクトーンの講師になるために専門学校?
の様に考えがまとまらず・・気がつくと高3で、
そのまま、あまり考えずにどこかに行けるだろう
(模試でA判定をいただいていた学校もあったので)
と近隣の学校の化学専攻を受験・・勉強しないで合格できるわけもなく、
そのまま就職ということに・・
そしてなぜ化学をまなんだのか?と人生は進んで行った。


女は賢いと嫁にいけん。みたいなことを言われ続けてきた。
それは時代背景もあるし、
理系社会の中で苦労する娘の姿を見るのは辛いと感じた父の心の裏がえしだろうけど。

そんな親心に対して、
新聞の投書欄に社会批判は書き、親戚からそれに対する批判の電話を受けたり、
「時代が時代やったら・・火炎瓶投げてるんやろ」とどなられたり、
親が期待している「女の子像」とはかけ離れ、
結局は親の家の中での自分は・・自分ではないと
大学に入学し、半年後に計画的に家出。
家庭教師を掛け持ちし、土日にはスーパーでマネキンをし、
怒涛のごとくの学生時代を過ごした中で、自分と言う人間が確立できたのかと
今になって思うのだ。

まあ、その後も自分が生まれ育った関西を離れ、
ニューカマーとして、横浜で過ごすのだけど、
10年の間に家を4回も転居したり、
不動産の売買や家を建てたりしたり・・
子どもも自宅で出産したり、
いろいろなことをしていた中で、
やっぱり居場所作りがしたいって・・

この10年・・社会の中に居場所がなくなった大人も子どもも
ずんずんと増えてきた。

で・・昔のお尻の青い私が思っていた居場所作りをしたいと無性に思ってきたのだ。

いずれはサイエンスカフェ・・いやいや・・サイエンスだけではなく、
老若男女、音楽もスポーツも哲学も語れる場所を造れるようになりたい。

そして、社会の中で居場所のない子どもたちも一緒に暮らせるようになれればいいと
本当にみんなの居場所・・作りたいと思うのだ。

家族という枠組みを小さな方向に向かせるのではなく、
もっともっと大枠でとらえることができれば、
社会も変わるんじゃないかと
本気で思っている。

昨日のシンポジウムでも同じような考えを語ってくださり、
小さな動きから社会を変えていけたらと本当に思う。

私はなぜ化学を学んだのか?

私は子どもの頃、父の実家の滋賀に訪れるたびに
南湖の汚れと北湖の美しさとを対比して、
いろいろと思うことがありました。
その時に滋賀の石鹸条例を知り、
合成界面活性剤のことを知り、環境問題を知り、
環境についての化学を学ぼうと決意したのでした。

受験は思うようにいかず、就職をした時に、
大阪の市民環境講座で滋賀大学の鈴木紀夫先生の研究室にお邪魔したり、
琵琶湖に環境問題について勉強に行ったりして、
これは絶対大学に行かねばと・・
そのあとに進学をしたのでした。

大学のあと大学院にも進学したいと思っていたのですが、
諸事情でできずに終わりました。
それなら、子どもたちに理科の素晴らしさを自然科学を等身大で
伝えたいと中学の現場に出ましたが、当時の学校の様子や、
学区内に養護施設が2つあるような状況の子どもたちの中で、
自分自身の子どもはどう育てるのかと思っていた時に
妊娠・・(その前に結婚をし、関西から関東にうつって、
こちらの学校現場におりました)
子育て中心の生活になり、
環境問題や自然科学を子どもたちに伝えると言うことは
もう・・夢の彼方に行ってしまいました。

それからは、某研究施設で化学分析の仕事をしたり、
私塾を開いては近所の子供たちの面倒を見たり、
養護施設の子どもたちを考える中で考えていた保育士の資格を取ったり、
放送大学や大学院で学んでみたり、
いろいろなことをふらふらとして・・もう、学校には戻れない。
PTAの役員くらいしかでかかわれないと思っていました。

ところがある時「県立高校で理科の先生足りないんだ」と声をかけてもらい、
気がつくと今も私学で子どもたちと過ごしています。
今の子どもたちは不登校の問題を抱えながら、
学ぼうとしている子どもたちの学校。
実は、学校が荒れている時、
不登校(当時はまだそのように言われていなかったかもしれませんが)の子どもたちと話をする中で東京シューレの様なところで、教えたいと思った時期もあり、その思いが回りまわって今になったんだと不思議な感覚を得ました。

そして、インターネットのこの時代。
15年前にインターネットを始めた時、
私の地域は早々とCATVで使い放題と言うプロバイダーがあり、
その中で楽しくいろいろな出会いをしてきました。

今・・理科ハウスとの出会いやツイッタ―やBlog・・いろいろな媒介で
いろいろな人の考えや活動を拝見し、
今ならもう一度子どもたちと自然科学を学ぶことができるんじゃないかと
思い始めています。


そのきっかけの一つになった理科ハウス。
実は、子どもを育てている中で、子どもたちが生活の中で自然を感じることが
あまりにも少なく、受験勉強でおしまいになってしまう子どもが
どんどん増えている。
そんな中で、私も家庭文庫をしたい、
(実は私塾をしていたころから思っていました)
自分の仕事の部分とは別に家庭文庫とその家庭文庫の中で、
理科遊び・環境遊びを実践していきたいと思っていた気持ちが
今ならできるんだと・・
年離れて生まれた第三子の成長とともに感じはじめています。
そして仕事の部分も
今更こんなおばさんがとおもいながら、
常勤でできる場所を探しています。

長々と・・私の話を書いてしまいました。
理科ハウスが山向こうに建ってくださったこと、
館長さんや学芸員さんに出会えたこと。
すべて偶然じゃないんだと、
かってに思っています。

2010年3月20日土曜日

第4回科学読み物シンポジウム

風の強い土曜の午後、
東京大駒場の13号館までお邪魔しました。

予定よりも少し遅くに到着して、急いて食堂でうどんを食べ、
購買に立ち寄り、書籍でお買い物をして、
会場に行きました。

本当は博物館に立ち寄る予定だったのだけど、
それは時間的に無理でしたので少し残念でしたが。

新歓用の立て看が風でどんどん倒れる中、
13号館の1313教室にはたくさんの人が集まりました。

第1部
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お題は「理科読をはじめよう!」というわけで、滝川先生からのご挨拶。

☆朝読が国語課教師中心で進められ・・定着しているの昨今。
理科の本は読み物と認知されずに「知識の本」と言うわけで、
朝読で読んでいると「ちゃんと本をよみなさい」と指導されることが少ないないらしいのです。

☆なので、「理科読」と言うことで、国民的運動に広げ、
=科学で社会を変えよう=
社会を作り上げる変えると言うことは、自分とは関係ないと思われていた時代から
小さなNPOなどからどんどん社会を変えることのできる
「意識的に社会にかかわる時代」にかわっている。
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池内了先生「科学を伝える」

☆現代は科学・技術と縁を切ることのできない社会。
☆科学を楽しみながら接し続けることがすべての人に必要?
☆市民が望んでいるのは
①「文化」としての科学→夢をはぐくむもの②私にもわかる科学③何となくおもしろそうな科学
☆文化と言うものは見返りを要求しない。あることが重要。人々の支えで維持(税金・ボランティアなど)
☆地域に生きること→地域の課題と結びつけ拡がっていく。

「文化」と言う側面を大切にして、サイエンスカフェや科学館などで、広げていこう・・と言うお話がありました。

第2部
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学校図書館における探求学習と言うわけで河西由美子先生(玉川大学)からのお話。

調べ学習(探求学習)SLLS研究会
調べ学習は文系の場になりがち。
指導者がどのように進めたら良いのかわからない。
ただの野放し学習になり、集約できずに終わることも多い調べ学習。

調べ学習のパッケージの開発
①ワークシート
②情報カード
③ポートフォリオ
④資料リスト

をワンセットとし、せんだいメディアテークでのワークショップなどの事例について、お話がありました。

学校図書館の中で、パソコンも本も使い調べていくと言うことを
どんどん活用していけるように代わっていくといいのに・・と思いました。
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理科ハウスでの科学の本と言うわけで、森裕美子さん

もうすぐ2年の理科ハウス。図書コーナーは2000冊の本。
この2月までで700冊の本が貸し出されているとのこと。

科学のの本は必要だから存在している。
↑調べると言う行為のために(本の内容が正しいということが必要)

石原純の昭和3年発行の「子どもの実験室」
兄妹の会話で実験が展開していく。
↑これがきっかけで興味を持った。

理科ハウスで本を借りることで本を読むという習慣がついたというご近所の子どもさんの話。
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科学の本の魅力をブックトークでということで長岡京市の教育委員の北畑博子さん

読み聞かせではなく、テーマにそって本を紹介すると言う
ブックトーク(実は3年ほど前に講習を受けたことがあります)
理科の本はとてもブックトークに取り上げやすい・・とのことで、
「花と虫の不思議な関係」というテーマでブックトークをして頂けました。
・花の色のふしぎ(科学のアルバム)あかね書房
・昆虫のかくれんぼ 身を守る昆虫たち(子ども科学図書館)大日本図書
・虫のかくれんぼ(福音館書店)
・花になったカマキリ(新日本出版社)
・森の中のかくれんぼ(大日本図書)
・昆虫のふしぎ(科学のアルバム)あかね書房
・さがそう!まねする虫(偕成社)
・花と昆虫観察辞典(偕成社)
・自然観察データブック(岩波書店)
の本の紹介で、普通のお話の本主体の時も
科学読本は使えます。
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最後に科学の本の読み聞かせ くうき  と言うわけで読み聞かせの会ほんとほんとの土井美香子さん

くうきのかおと言う本を読んでから、実際に水槽を使って、
空気をつかむ実験を見せていくださり、
そのあとみんなのくうき・・

新聞紙36k枚で作ったエアドームの実演。

とても面白かった。

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どの話も内容が濃く・・
その中で、富山大とWeb会議の形で、
東京の様子を送って、
最後に感想をいただきました。

第一回から4回までは東京で行ったシンポジウム。
全国のいろいろな場所で行い、
Webでつないでいけたら全国にこの理科読を広げていける。

理科読を広げて、社会を変えよう・・と言う話でおしまいだったのですが、
もう共感しまくりで、
地域社会から科学リテラシーを向上させていくことが重要だと
私も心から思っています。

なので、家庭図書館「金沢おひさま文庫」本気で始動します。

家庭文庫

子どものころから本が好きで、
大きくなったら何になるの?
という質問に対しての答えの一つが
「ほんやさん」と言う幼児期から小学校を過ごしました。

いつまでも本が好きで、
本の山の中にいたら幸せの様な時期もあり、
本をまとめて捨てることができない人です。

そんな私はある時「家庭図書館」をされている方を紹介され、
近所の子どもたちにときどき自宅を開放されているのを見て、
なんて素敵なんだろうと思いました。

いつか年を取ったら・・そんなことがしたいと思いながら、
10年前に自宅を建てた時に、
目標は「私設公民館」などといって、
年に何度も、人を呼んではいろいろな話をして
(夫は研究技術者なので、
集まる人たちはその道の人たちが多く、
そこで語られるのは・・サイエンス・・
あーーこれがサイエンスカフェ?かも)
いました。

そのうち年の離れた3番目の子どもが生まれ、
そうこうしていると、上の二人が受験期に入り・・
だんだん人が集うことがなくなりました。

そして、第3番目が10代突入1年前になり・・
いよいよ家の中を再構築しなければならなくなりました。
実は本が作りつけの本棚に収納できず、
収納場所もどんどんなくなり・・。
娘も自宅通学の大学生となり、
道具が爆発的に増えてきたのです。

再構築するにあたって、
まずは本の収納場所・・
家じゅうに散乱している本をまとめ、
図書コーナーを造ろう・・
だったら・・まだ老後じゃないけど、
家庭図書館を始めたいな・・。

実を言うと、地域の子どもたちや親御さんの感じが急激に変化してきて、
一回り違う上の子たちの時代と・・何かが変わり始めている。
お金を出して受験のためだけの学習をしている地域の子どもたちに憂いを感じていて
(数年前まで私塾を開いていたけれど・・急激に変わっていく子どもたちと親御さんの様子に、
私塾では限界を感じ、今は遠くの私立の学校現場に非常勤でかかわるようになりました。
さらに非常勤でも限界を感じていて、今年度からはできるだけ地域に近い公立で、
できれば常勤講師で、ひそかに採用試験を受けよう計画しています。
第三子が中学に進むころにはなんとかしたいものですが。)

学ぶことの素晴らしさ、楽しさを伝えること。
本当の科学リテラシーを身につけるには、
科学の本を中心とした、家庭図書館で実験遊びや工作遊び、自然遊び、観察会などを
並行して細々と定期的に行っていくのがいいんじゃないかなと思い始めました。

こんなことが考えにまとまる少し前に
自宅から7kmのところに
理科ハウスを始めた方がいらして・・理科ハウスを訪れるたびに、
自分にできることは何かと思っておりました。
そして・・自分の中で一つの考えがまとまりました。

この昔から文庫がある「金沢文庫」にあたらしい家庭文庫を造ろう。

金沢おひさま文庫(仮)(昨年太陽光発電を屋根の上に積み増した・・それでうちは
「おひさま発電所」と言う名前で、登録しています。)を始めよう。

その始まるまでの日記や覚書を・・このBlogにつづっていきます。
よろしくお願いいたします。